警察庁長官・漆間巌(うるまいわお)を糾弾する!!
                                                      後藤 民夫

  平成十七(2005)年十月十八日付の産経新聞記事「追跡イラン人犯罪」で、警察庁長官の漆間巌は今回の総選挙で落選した民主党前衆議院議員小林憲司被告が覚せい剤取締法違反罪で逮捕された事件について、
「代議士を選良と呼んだものだが、この事件をみるとそういう言葉はもう使わないと言う感じだ」
 と嘆いていると書いてあった。しかし、嘆きたいのは漆間よりも国民のほうである。
この記事によると、平成八(1996)年度中の刑事事件をまとめた、平成九(1997)年度版の『警察白書』には、「イラン人による覚せい剤事犯」の項目がすでに登場していたそうだが、ちょうどその頃、小林被告が覚せい剤を購入した名古屋のテレビ塔付近にも、多くのイラン人が覚せい剤を持って一日中たむろするようになっていた。私自身、その当時名古屋にいて、その光景を見て何度か愛知県警に連絡したが、警察はほとんど取締りらしい取締りをしなかった。
漆間巌が平成八年に愛知県警本部長に就任してから、平成十一(1999)年に大阪府警本部長に転勤するまでの数年の間に、愛知県は無法地帯になってしまったのである。
 月刊誌『実話ドキュメント』平成十(1998)年八月号の記事で、名古屋拘置所に在監していた二十五歳の男性・恒川秀将が名古屋市内のカジノの内部事情を暴露した。彼によると、彼の勤務するカジノに名古屋地検の検事と愛知県警の幹部が煩雑に来てバカラに熱中し、主任をしていた彼に、「弱いディーラーを教えろ」「チップを貸してくれ」などと酔った勢いで行ってくるのだと言う。
 その程度ならまだよかったが、ゲームに負けて所持金が無くなると、なんと経営者に警察手帳を見せ、「チップを貸し付けてくれ」と言ってきた。もちろん摘発情報を流すことと引き換えだった。彼の知っているだけでも二十回は不正にチップを受け取り、合計して十万ドルチップ(一ドル百円)、一千万はくだらなかった。 その際、建前で、貸付簿に署名、押印してもらい、身分証明書も確認した。しかし彼らは借りたチップを全部換金し、ホクホク顔で帰った。それに、店からチップを借りてもゲームをせずにすぐ換金して帰ることもあった。
 彼はテーブルの頭上に備え付けてある監視カメラで彼らがゲームに熱中している姿を録画してテープを保存し、写真も隠し撮りした。
 私はその記事を愛知県警に見せて「何とかせよ」と抗議したが、そのカジノが閉鎖されることも、その検事や警察幹部が逮捕されることもなかった。その数年後にそのカジノで暴力団同士の殺人事件が起き、やっと閉鎖することになったが、恒川秀将が書いた事実は葬り去られてしまった。
 泥棒はできるだけ証拠を残さないようにするものだが、愛知県警の幹部と検察は証拠を堂々と残している。つまり、何をやっても絶対に自分たちは捕まらないと確信していたのだ。上司もやっているから「やらなきゃ損」と考えているのであろう。
 ところが最近、漆間巌の愛知県警本部長当時の悪事が急にボロボロ出始めた。平成八年にカラ出張で浮かした旅費をプールして裏金を捻出していたことを追及された時、漆間巌は「経理は適正に行っている」と大嘘をついて逃げ切ったが、最近見つかった愛知県警総務部の裏帳簿に「漆間」という名前が記載されていることが、フリーライターの本朝日新聞編集員の落合博実氏によって発見された。そこには、「昭和46年1月16日 漆間巌の兄・漆間英治 警務課長の尊父香典3000円/昭和46年3月16日 漆間巌の兄・漆間英治 警視正みやげ代 3330円」とあった。落合博実氏は「平成八年にこの記載に気づいていれば、もっと漆間巌本部長を追及できたのに、残念。兄が裏金を使い、弟がそれを隠蔽する。警察は救いようがない組織」と述べている。つまり恒川秀将のカジノと一緒である。
 ところが漆間巌は今年の二月十八日の衆議院予算委員会で
「全国で相次ぐ不正経理で予算の不適正執行が判明すれば、正し、返還する行政処分だけではなく、刑事処分も含めた厳正対応が私の責任」
と述べている。嘘つきに何か期待するほうが間違っている。
 宮城県警の裏ガネ問題でも、漆間巌は今年六月三十日の記者会見でトンデモ発言をしている。
「捜査協力者に知事が会う目的で文書の開示を求めるならば、警察活動への介入そのもの。言語道断だと思う。執行停止によって一線の捜査活動に大変な支障が生じ、治安活動にもブレーキがかかる。知事は治安責任を果たしていないのではないか」
 治安責任を果たしていないのは漆間巌本人そのものではないか。治安活動も漆間巌がいないほうがスムーズにいくのは誰の目で見ても明らかである。
 三十兆円のパチンコやパチスロ業界に天下りして、うまい汁を吸うことばかり考えている。もうここまでくると山口組に天下っていく者も、近いうちに現れそうである。実際、暴力団の招待で国内や海外旅行する刑事は数えきれない。
 なぜ松岡利康・鹿砦社社長を逮捕する前に、アルゼ゙と漆間巌を逮捕しなかったのか。第一回公判で担当の宮本健志検事は、なぜ被告の渡辺直子に対し、公判終了時にうれしそうに頭を下げたのか。全て時が解決してくれるであろう。
最後に芥川賞福島県の福聚寺の副住職である玄侑宗久と、コメディアンが間違って弁護士になってしまった茶髪の橋下徹なら警察庁長官に「死刑」を宣告してくれるだろう。南無阿弥陀仏。



                           
漆間 巌

               昭和20年4月19日大分生まれ昭和44年東大法卒


 拝啓
「実話ドキュメント」愛読者のみなさんお元気ですか。 私は現在、名古屋拘置所に在監している二十五歳の若輩者です。
 私は今回逮捕されるまで、名古屋市内で五本の指に入るカジノクラブで、ディーラー兼経理の仕事に従事していました。
 カジノは日本では公認されにくいのですが、換金しなければ賭博罪にならないので、どこの店でもその点はうまくやっています。そうでなければ一晩に何百、何千万円もの売り上げがあるはずがありません。
何が言いたいのか、というと、そんな場所にもやはり遊び(ギャンブルしに)来るのです。現職検事や警察幹部が。
 ちょうど一年ぐらい前に、私の勤務する店に名古屋地検の検事、○○署の警察幹部がひんぱんに来るようになり、目の色を変えて、バカラに熱中していました。
 ときにはウエイトレスの娘をナンパしたり、主任をしていた私に「弱いディーラーを教えろ」「チップを貸してくれ」など酔った勢いでいってくるのもざらでした。
その程度ならまだいいのですが、ゲームに負けて、所持金が無くなると、何と経営者に警察手帳を見せ「チップを貸付けしてくれ」というのです。
もちろん摘発情報を流すことと引き換えです。私の知っているだけでも二十回は不正にチップを受け取り、合計して十万ドルチップ(1ドル百円)、一千万円はくだらないです。
 その際、建前ですが、貸付簿に署名・押印してもらい、身分証明書も拝見しました。しかし、彼らは借りたチップを全部換金し、ホクホク顔で帰るのです。
それに店からチップを借りても、ゲームもせず、すぐに換金して帰ることもありました。これはどう見ても立派な犯罪でしょう。
私はテーブルの頭上に備え付けてある監視カメラで、彼らがゲームに熱中している姿を録画して、テープを保存しました。写真も隠し撮りしています。
ですから私は自信を持って告白しました。この件に関しての真相は、遠からず、明らかになるでしょう。

    平成十年四月七日
                                  
                                        名古屋市東区白壁1の1
                                                    恒川秀将